S45Cの調質と硬度(HRC)一覧|温度条件別の機械的性質まとめ

設計者のためのノート

S45Cは、機械構造用炭素鋼として広く利用されている材料で、その調質(焼入および焼戻し)によって硬度や強度を調整することが可能です。調質を適切に行うことで、耐久性や性能を最大限に引き出すことができます。本記事では、S45Cの調質について、指定硬度の基準や特性、注意点を詳しく解説します。

  1. 調質とは何か(焼入れ+焼戻しの目的)
  2. S45Cの化学成分と基本特性
    1. 🔬 化学成分(JIS規格値)
    2. ⚙️ 基本特性
  3. 調質温度別のHRC硬度表
    1. 🔥 調質(焼戻し)温度とHRC硬度の関係
    2. 📌 設計視点で見るポイント
    3. ⚙️ 図面指定例
  4. 引張強さとの関係式と計算例
    1. 🔢 硬度と引張強さのおおよその関係式
    2. 📘 設計で使える計算例
      1. 例1:S45C 調質 HRC30 のときの引張強さ
      2. 例2:S45C 調質 HRC25 のときの引張強さ
    3. 📌 設計での注意点
  5. 設計で指定する際の注意点(例:機械加工性・変形)
    1. 🔧 1. 機械加工性(削りやすさ)の低下に注意
    2. 📉 2. 熱処理による変形(歪み)を前提に設計する
    3. 🧲 3. 残留応力の影響(割れ・早期破損)
    4. 🧭 4. 焼入れ可能な形状かどうかも重要
    5. ✏️ 5. 図面での指定は“硬度だけでなく条件もセットで”
    6. 📌 まとめ
  6. 他材質(SCM440等)との比較
    1. 🔍 1. SS400との比較(構造材 vs. 機械構造用鋼)
    2. 🔍 2. SCM440との比較(高強度材としての位置づけ)
    3. 🔍 3. S45CとSCM440の使い分け(実務的な判断基準)
    4. 📌 設計者視点でのまとめ
  7. まとめ・設計指定の実例
    1. 🔧 設計図面で使える S45C 調質指定の実例
      1. 【一般シャフト向け(標準的な強度)】
      2. 【ピン・ボルトなど摩耗に強くしたい場合】
      3. 【衝撃荷重・曲げ応力が多い部品(靱性重視)】
      4. 【精密穴・はめあい部を含む部品(加工後熱処理不可の場合)】
    2. 📌 設計ポイントの最終まとめ
    3. いいね:
    4. 関連

調質とは何か(焼入れ+焼戻しの目的)

鋼材の調質(焼入れ+焼戻し)とは、材料の強度・硬度・靱性のバランスを最適化するための熱処理です。焼入れによって鋼を高硬度化し、続く焼戻しによって内部応力を緩和しながら靱性を回復させます。この一連の処理により、破断しにくく、かつ摩耗に強い性質を得ることができます。
調質では、焼入れ時の臨界温度(Ac₃点)や目標とする焼入硬度を考慮し、適切な温度・保持時間・冷却方法を選定することが重要です。

実際の設計では、求める強度や加工性に応じて焼戻し温度を調整し、HRC25〜35程度の調質硬度に仕上げるのが一般的です。

S45Cの化学成分と基本特性

S45Cは、JIS G 4051に規定される機械構造用炭素鋼の一種で、炭素量が約0.45%と中程度であることから、強度・加工性・熱処理性のバランスに優れた材料として広く用いられています。

🔬 化学成分(JIS規格値)

成分含有量(%)
C(炭素)0.42〜0.48
Si(ケイ素)0.15〜0.35
Mn(マンガン)0.60〜0.90
P(リン)0.030以下
S(硫黄)0.035以下

炭素量(C)が比較的高いため、焼入れ性が良く、調質(焼入れ+焼戻し)で高い強度を得られることが特徴です。
また、Mn(マンガン)が含まれることで、焼入れ性の向上と機械的強度の確保に寄与しています。

⚙️ 基本特性

  • 熱処理前: 引張強さ約570〜705N/mm²程度で、切削加工や溶接も比較的容易
  • 調質後: 焼戻し温度によってHRC20〜40程度まで強度を調整可能
  • 用途: シャフト、ピン、カム、ギア部品、ボルトなど、高強度が要求される機械構造部品

S45Cは、熱処理による性能向上幅が大きいため、設計者にとって材料選定の自由度が高い鋼材といえます。調質条件を適切に設定することで、摩耗性・靱性・疲労強度をバランス良く仕上げることができます。

調質温度別のHRC硬度表

S45Cの硬度は、「焼戻し温度(テンパー温度)」によって大きく変動します。
焼入れ直後は非常に硬く(HRC50以上)、靱性が不足するため、用途に応じて焼戻し温度を調整し、
強度・靱性・加工性のバランスを整えることが重要です。

以下に、一般的な焼戻し温度と硬度の目安を示します。

🔥 調質(焼戻し)温度とHRC硬度の関係

焼戻し温度(℃)代表硬度(HRC)備考・特徴
450℃45〜48非常に高い強度。靱性が低く割れに注意。工具類・強度部品向け。
500℃40〜43高強度域。摩耗に強いが靱性はやや低め。
550℃33〜36強度と靱性のバランスが良い。シャフト、ピン類に多用。
600℃28〜32機械部品の一般的な調質条件。加工性も良好。
650℃22〜26実務で最も多い硬度帯。HRC25前後をよく指定する。
700℃18〜22靱性重視。衝撃荷重を受ける部品に適する。

※ 上記は目安のため、実際は素材ロットや装置条件により変動します。

📌 設計視点で見るポイント

  • HRC25〜35付近が最も汎用的で、加工性と強度のバランスが良い。
  • シャフト・スリーブなどでは 「S45C 調質 HRC25〜30」 の指定がよく使われます。
  • 高強度が必要な場合は低温焼戻し(500℃以下)を選ぶが、
     → 割れ・脆さ(靱性不足)に注意。

⚙️ 図面指定例

S45C 調質 HRC28〜32
(または)
S45C QT(Quench & Temper) HRC30±3

焼戻し温度の設定次第で、同じS45Cでも強度が大きく変化するため、
部品の用途(荷重・摩耗条件・加工工程)を十分に考慮して温度を選定します。

引張強さとの関係式と計算例

S45Cに限らず、炭素鋼・低合金鋼では、硬さ(特にブリネル硬さHB)と引張強さσB(N/mm²)にはおおよその相関関係があります。
実務では、この関係を使うことで、硬度からおおよその引張強さを見積もることができます。

🔢 硬度と引張強さのおおよその関係式

一般的な炭素鋼では、次のような近似式がよく用いられます。

σB ≒ 3.5 × HB [N/mm²]

(鋼種や組織によっては 3.4〜3.8 × HB 程度の幅があるため、「目安」として扱います)

S45Cの場合も、調質によってマルテンサイト+フェライト・ベイナイトなどの混合組織となり、
ブリネル硬さHBが分かれば、概ねの引張強さを推定できます。

※ HRCしか分からない場合は、いったん**硬度換算表(HRC→HB)**でHBに変換してから上式を使うと便利です。

例:HRC → HBへの換算は
→ [硬度換算表(HB・HRC・HV対応)] で参照


📘 設計で使える計算例

例1:S45C 調質 HRC30 のときの引張強さ

  1. HRCからHBへの換算(目安)
    • HRC30 ≒ HB 280〜290 と仮定
  2. 引張強さの推定
    • HB=285 とすると
    • σB ≒ 3.5 × 285 ≒ 998 N/mm²

👉 実務上は 「引張強さ 約1000N/mm² クラス」 と見なせます。


例2:S45C 調質 HRC25 のときの引張強さ

  1. HRCからHBへの換算(目安)
    • HRC25 ≒ HB 250〜260 程度
  2. 引張強さの推定
    • HB=255 とすると
    • σB ≒ 3.5 × 255 ≒ 893 N/mm²

👉 この場合は 「引張強さ 約900N/mm² クラス」 の材料として扱えます。


📌 設計での注意点

  • ここで示した関係式は、あくまで**経験式にもとづく“目安”**です。
    熱処理条件、組織、成分ばらつきなどにより、実際の値とはズレが生じることがあります。
  • 安全率を設定する際は、カタログ値・試験データ・メーカー資料も合わせて確認するのが望ましいです。
  • 特に疲労設計では、引張強さだけでなく、
    [金属疲労とSN曲線の基礎解説]
    のような疲労特性も考慮しておくと安全です。

「この材料を使う際の寸法公差やはめあいの選び方はこちらの記事で解説しています。」
H7/h6 など公差記事

設計で指定する際の注意点(例:機械加工性・変形)

S45Cを調質して使用する場合、図面へ硬度や熱処理条件を指定するだけでは不十分です。
調質材には特有の加工性・変形・残留応力といった課題があるため、
設計段階でこれらを考慮しておくことで、製作トラブルや寸法不良を防ぐことができます。

🔧 1. 機械加工性(削りやすさ)の低下に注意

調質によって硬度が上がると、当然ながら切削抵抗も増加し、
工具寿命が短くなる・加工時間が伸びる・仕上げ面粗さが悪化するといった問題が発生します。

  • HRC30以上になると、一般的な超硬工具でも負荷が大きい
  • 高硬度域(HRC40前後)は研削加工が必要になる場合が多い
  • 面取り・キー溝加工・ねじ切りなどの細かい処理が難しくなる
  • 工具摩耗により寸法バラつきが出やすくなる

加工工程を想定し、必要以上に硬度を高く指定しないことも重要です。


📉 2. 熱処理による変形(歪み)を前提に設計する

焼入れ→焼戻しのプロセスでは、材料内部に大きな応力が生じ、
軸の反り・穴径の収縮・平面のうねりなどの変形が発生します。

特に注意すべきは:

  • 肉厚が不均一な部品 → 片側だけ硬度が違うと反りやすい
  • 長尺シャフト → 焼入れで大きく曲がり、後加工必須
  • 精密穴(H7など) → 焼戻し後に再仕上げが必要
  • 圧入部・はめあい部 → 熱処理後の寸法変化を見込む

変形を見越して
「熱処理前加工 → 焼戻し → 仕上げ加工」
の工程を含めて設計すると安定した品質が得られます。


🧲 3. 残留応力の影響(割れ・早期破損)

焼入れ後には材料内部に残留応力が残るため、
焼戻しを十分に行わないと、以下のような問題が起こります。

  • 衝撃荷重での突然破壊(脆性破壊)
  • 角部の割れ・欠け
  • 表面硬度は高いが内部が弱い→早期破損

調質指定では、硬度だけでなく
焼戻し温度(例:600℃)を明記すると安全性が向上します。


🧭 4. 焼入れ可能な形状かどうかも重要

部品形状によっては、熱処理自体が目的通りに作用しないことがあります。

  • 厚肉部は焼きが入りにくい(芯部硬度が低い)
  • 小径シャフトは急激に硬くなり過ぎる
  • 先端が尖った形状は割れやすい
  • 複雑形状は冷却ムラが出る

→ 必要に応じて「局部焼入れ」「高周波焼入れ」などの方法を検討します。


✏️ 5. 図面での指定は“硬度だけでなく条件もセットで”

悪い例:

S45C 調質 HRC30

良い例:

S45C 調質(焼入れ→焼戻し600℃)
仕上り硬度:HRC28〜32
熱処理後仕上げ加工を行うこと

こうすることで、製作側とのトラブルを大きく減らすことができます。


📌 まとめ

設計者が調質材を扱う際は、

  • 加工性
  • 変形
  • 残留応力
  • 形状適性
  • 指定方法の明確化

これらを総合的に判断し、部品の使用条件と加工工程に合った硬度指定を行うことが重要です。

他材質(SCM440等)との比較

S45Cは中炭素鋼としてバランスの良い性質を持ちますが、
用途によってはより高強度・より高靱性の材料が必要になることがあります。
ここでは代表的な比較対象である SS400(低炭素鋼), SCM440(クロムモリブデン鋼) と比較し、
設計者が材料を選定する際の判断ポイントを整理します。


🔍 1. SS400との比較(構造材 vs. 機械構造用鋼)

項目S45CSS400
材質区分機械構造用炭素鋼一般構造用圧延鋼材
引張強さ570~705 N/mm²(焼ならし)約400~510 N/mm²
熱処理性調質で大幅向上可焼入れ不可(ほぼ効果なし)
加工性普通良好(柔らかい)
用途シャフト、ピン、ギアなどフレーム、ブラケット、架台など

🔎 ポイント

  • SS400は“構造部材向け”で、熱処理による強度向上は期待できません。
  • 強度が必要な回転軸・ピン・摩耗部品にはS45Cが適する。
  • S45CとSS400を混同して設計すると、強度不足事故が起こりやすい。

「S45CとSS400の違いはこちらで詳しく比較しています」
/s45c-ss400-comparison


🔍 2. SCM440との比較(高強度材としての位置づけ)

項目S45CSCM440
材質区分中炭素鋼Cr-Mo 合金鋼
引張強さ(調質)800〜1100 N/mm²950〜1200 N/mm²
焼入れ性中程度高い(深部まで硬化)
靱性中程度高い
耐疲労性高い(疲労限度が高い)
用途一般シャフト、スプロケットギア、ボルト、重負荷シャフト、リンク部品

🔎 ポイント

  • SCM440はクロムとモリブデンを含むため、焼入れ性と靱性が非常に高い
    → 厚肉部・大径シャフトでも芯までしっかり硬化
  • 重負荷・振動・衝撃が多い部品ではS45Cより圧倒的に有利
  • 一方で、
    • コスト高
    • 切削性がやや悪い(硬くなる)
    • 熱処理歪みはやや大きい
      といった注意点もある。

🔍 3. S45CとSCM440の使い分け(実務的な判断基準)

S45Cを選ぶ場合:

  • 一般シャフト・キー溝軸
  • 中程度の荷重
  • 調質HRC25〜35で十分な場合
  • コストを抑えたい場合
  • 加工工程が多い部品(切削性重視)

SCM440を選ぶ場合:

  • 重荷重・衝撃荷重が多い
  • 疲労破壊が懸念される
  • 高硬度(HRC35〜45程度)が必要
  • 厚肉部品で均一な硬化が必要
  • 安全率を大きく取りたい装置部品

📌 設計者視点でのまとめ

  • SS400 → 構造材(熱処理不可)
  • S45C → 一般機械部品(調質で広範囲に対応)
  • SCM440 → 高強度・高信頼性が必要な部品

S45Cは“中間的な万能材”であり、多くの一般機械部品の標準選定材料として最適です。
一方、極端な高負荷や高疲労条件では、SCM440などの合金鋼を選択するほうが安全です。

まとめ・設計指定の実例

S45Cは、機械構造用炭素鋼の中でも強度・加工性・コストのバランスが非常に良い材料です。
調質(焼入れ+焼戻し)を適切に行うことで、HRC20〜40程度まで広い範囲の強度を得られ,
一般的なシャフト・ピン・スプロケット・リンク部品など、多くの機械部品で実用されています。

設計において重要なのは、
硬度値だけでなく“熱処理条件・仕上げ工程・用途に応じた指定”まで考慮することです。
これにより、加工トラブル・変形・強度不足のリスクを減らし、安全で信頼性の高い部品設計が可能になります。


🔧 設計図面で使える S45C 調質指定の実例

【一般シャフト向け(標準的な強度)】

材質:S45C
熱処理:調質(焼入れ → 焼戻し600℃)
仕上り硬度:HRC28〜32
熱処理後仕上げ加工のこと

※ HRC25〜35は強度と加工性のバランスが最も良い領域。

【ピン・ボルトなど摩耗に強くしたい場合】

材質:S45C
熱処理:調質(焼入れ → 焼戻し550℃)
仕上り硬度:HRC33〜38
注意:高硬度のため仕上げ研削を実施のこと

※ 摩耗部やせん断荷重が大きい部品に適する。


【衝撃荷重・曲げ応力が多い部品(靱性重視)】

材質:S45C
熱処理:調質(焼入れ → 焼戻し650℃)
仕上り硬度:HRC22〜26
備考:靱性重視のため焼戻し温度を高めに設定

※ 衝撃荷重がある場合は硬度を低めにして割れを防ぐ。


【精密穴・はめあい部を含む部品(加工後熱処理不可の場合)】

材質:S45C
熱処理:調質材使用(市販のQT材)
仕上り硬度:HRC25〜30
精密穴・キー溝は熱処理済材へ加工すること

※ 熱処理による変形が許容できない場合は「QT材購入 → 仕上げ加工」が安全。


📌 設計ポイントの最終まとめ

  • 調質温度により S45C の硬度・強度は大きく変化する
  • HRC25〜35が最も使いやすく、機械要素の多くをカバー
  • 高強度を狙いすぎると加工性が悪化し、割れ・変形が発生しやすい
  • 図面指定は「硬度」だけでなく熱処理条件(温度)・仕上げ工程まで書くとトラブルが減る
  • 高疲労・高負荷の場合は SCM440 等の合金鋼との比較選定が必要
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